公立文化施設における映像事業:愛知芸術文化センターの場合
越後谷 卓司(愛知県文化情報センター学芸員)
1 複合文化施設としての「愛知芸術文化センター」
当初、「映像表現と美術館の関係」というテーマで、愛知芸術文化センターの事例について執筆依頼を受けたのだが、その時、まず愛知芸術文化センターはイコール美術館ではない、という点を明記しておくべきだろう、と考えた。1992年開館の愛知芸術文化センターは、愛知県美術館、愛知県芸術劇場、愛知県文化情報センター(以上、栄地区)、愛知県図書館(1991年開館、名城地区)からなる、複合文化施設である。これは、その前身ともいうべき愛知県文化会館が、愛知県美術館(1955年開館)、愛知文化講堂(1958年開館)、愛知図書館(1959年開館)から構成されていた特色を、ある意味で引き継いでいるといえよう。つまり、愛知芸術文化センターは、第二次大戦後の比較的早い時期に建設されたこの愛知県文化会館のリニューアルといった側面を担いつつ、1980年代に建設された水戸芸術館や川崎市市民ミュージアムなどを参考事例としながら、そこからさらに踏み込んだ新しいタイプの、複合性をより重視した文化施設というコンセプトを打ち出している。その具体的な表われとして、美術館と劇場とを有機的に結び合わせる総合調整機能を担った愛知県文化情報センターが、新たに創設されているのである。
文化情報センターは、ハードとしては芸術系専門図書館としてのアートライブラリー、多彩なメディアにより芸術情報を提供するアートプラザ、上映会・会議・展示等に使用されるアートスペースが挙げられるが、さらに自主事業の企画・運営を行う部門として事業担当が存在し、映像、舞踊、音楽(現代音楽及び民族音楽)、パブリック・アートの各分野を受け持つとともに、これら芸術のジャンルを横断・融合した複合型事業を行っている。文化情報センターの映像部門は、主として興行ベースでは紹介されることの少ない実験映画、ビデオ・アートの領域に属する作品を取り上げているが、実験という言葉を単純なジャンル区分に留めるだけでなく、“映像における実験性”というやや拡大した形に位置づけ、ドキュメンタリーや劇映画においても実験性を有する作品を取り上げているほか、その双方のルーツとなる初期映画などについても、上映の機会を作ってきた。つまり、愛知芸術文化センターにおいて、上映会形態の映像事業を担当しているのは愛知県文化情報センターであって、愛知県美術館ではないのである。
2 上映会の開催
愛知県文化情報センターの映像事業が“映像における実験性”というやや間口の広い設定をし、実験映画に限定しない幅広い作品を取り上げていることは、芸術をより多くの人々が身近に楽しむ機会を与えるという公立文化施設としての性格を考慮するとともに、この地域の映像芸術を享受する観客層の底辺を広げ、映像文化の発展に貢献するといった意味合いを持っている。そのメインの活動といえるのは、年に2〜3回のペースで開催されている上映会だろう。上映会場となるアートスペースAには、ハードとして16mm・35mm兼用映写機の他、ビデオプロジェクターが設置されており、上述した多彩なソフトの上映に対応できる環境が整えられている。また映写機は、秒間16コマ、18コマなどのサイレント映写への対応も可能である。映像というジャンルに限られるものではないが、やはりソフトとハードは密接な関係にあり、映像事業の基本方針として掲げたコンセプトも、これら機器の整備があって初めて具体化が可能になるといえるだろう。
これまでに開催してきた主な上映会は、以下のとおりである。
- 「家族の映像」
- 1993年1月9日〜28日
- 「サタジット・レイ映画祭」
- 1993年7月1日〜4日
- 「吉田喜重 ドキュメンタリー映像の世界」
- 1993年10月19日〜31日
- 「VIDEO DANCE/ビデオ ダンス」
- 1994年2月12日〜16日
- 「インドネシア映画祭」
- 1994年8月4日〜7日
- 「ボディ&イメージ パフォーマンスと映像表現」
- 1994年9月30日〜10月9日
- 「ジョナス・メカス 魂がとらえる映像の詩」
- 1995年2月15日〜26日
- 「アジアの実験映像」
- 1995年8月2日〜13日
- 映画生誕100年記念「光の生誕! リュミエール」
- 1995年12月13日
- 同「ジョルジュ・メリエス 夢と魔法の王国」
- 1995年12月14日〜17日
- 「映像時代のヒューマニズム ジョナス・メカスの新作・日本未公開作品上映と講演会」
- 1996年4月4日
- 「映像からみた20世紀−歴史への考察と創造−」
- 1996年8月20日〜9月1日
- 「第1回アートフィルム・フェスティバル」
- 1996年11月1日〜7日
- 「ジャン・ルノワールと前衛映画の時代」
- 1997年6月26日〜7月6日
- 「第2回アートフィルム・フェスティバル」
- 1997年11月1日〜9日
- 「第3回アートフィルム・フェスティバル」
- 1998年4月24日〜5月5日
- 「フレデリック・ワイズマン映画祭」
- 1998年11月21日〜29日
- 「パゾリーニ映画祭 詩的映像の実験」
- 1999年4月24日〜29日
いくつかの催しについて補足説明したい。開館記念事業の一環として開催した「家族の映像」は、シネマトグラフの発明者リュミエール兄弟の作品以来、常に映画の中で取り上げられてきた“家族”という題材を、鈴木志郎康、かわなかのぶひろ、原田一平、ジョナス・メカスらの実験映画、ビル・ヴィオラ、出光真子、楠かつのりらのビデオ・アート、原一男、山邨伸貴らのドキュメンタリーのほか、小津安二郎の劇映画や、ホームビデオのコンテスト入賞作品なども取り上げたラインナップで構成した特集で、文化情報センターの映像事業のコンセプトを具現化した最初の企画といえるだろう。以後、実験映画の作家特集として「ジョナス・メカス」、ドキュメンタリーにおける映像の実験として「吉田喜重」や「ワイズマン」、初期映画に関するものとして「リュミエール」や「メリエス」、初期映画と現代の実験的映像表現の関係を考察する「映像からみた20世紀」、劇映画における映像の実験的探求として「パゾリーニ」等々、といった展開を経てきている。また「VIDEO DANCE」や「ボディ&イメージ」のようにパフォーミング・アーツとの関係性を考察したもののほか、ガムラン音楽の特集コンサートと連動した形態の「インドネシア映画祭」、愛知県美術館と名古屋市美術館の共同企画「環流 日韓現代美術展」と併せる形で行われた日韓関連企画の一つである「アジアの実験映像」など、愛知芸術文化センターの複合機能の発揮に関与する形で開催された上映会も少なくない。近年、継続的に開催している「アートフィルム・フェスティバル」は、こうした流れを踏まえた上でテーマ主義、作家特集的な形態にとらわれない、映像表現の動向に柔軟に対処することを考慮した企画といえる。
3 オリジナル映像作品の制作
愛知県文化情報センターの映像事業で最も特色あるものといえるのは、「オリジナル映像作品」と題した実験的な映像作品の自主制作事業だろう。オリジナル映像作品は、“身体”という共通のテーマに基づいた継続的な映像制作の企画で、1992年の開館以来、1年1本のペースで続けられてきた。“身体”というテーマ設定は、現代の芸術、哲学、思想などの領域で注目を集めている今日的な主題であるとともに、実際の制作においてはその解釈が比較的柔軟であり、制作を担当する作家それぞれの独自のアプローチが実現できるというメリットがある。また“身体”は、開館以来継続しているトークショー&パフォーマンスという形態による、芸術の横断・融合的な状況を考察する複合型企画「イベントーク」でも共通して取り上げられているテーマであり、いわば芸術における複合性を“身体”というモチーフに象徴的に投影している、という側面もある。
これまでに制作された作品は、以下のとおりである。
- 『愛知芸術文化センター・シンボル映像』
- 作・岩井俊雄 1992年〈環境映像作品〉
- 『T-CITY』
- 監督:勅使川原三郎 出演:宮田 佳、山口小夜子ほか 1993年
- 『トワイライツ』
- 監督:天野天街 出演:石丸だいこ、月宵水ほか 1994年
- 『KAZUO OHNO』
- 監督:ダニエル・シュミット 出演:大野一雄ほか 1995年
- 『フィリピンふんどし 日本の夏』
- 監督・出演:キドラット・タヒミック 1996年
- 『3+1』
- 監督:大木裕之 出演:上田奈保、岡田雅樹、清岡恭久ほか 1997年
- 『王様の子供』
- 監督:前田真二郎 出演:高嶺 格、早川真里、岩田知子ほか 1998年
- 『うつしみ』
- 監督:園 子温 出演:鈴木卓爾、澤田由紀子、津田牧子ほか 1999年
このような実験的な映像作品が継続的に制作されてきた背景には、愛知芸術文化センターに映写機能を備えたアートスペースAのほか、マルチビジョンやCATVなどの映像装置・施設がハードとして導入されているという側面がある。自主的な映像制作が行われるようになった契機として、こうした映像装置を、購入したビデオ・アート作品を送出するだけに留めず、年に1本のペースではあるが自主的に制作したソフトの発表の場にしようという、より積極的な、一歩踏み込んだ発想が既に開館以前の構想の段階にあったからである。
美術館による映像制作という事例としては、先行するものとして川崎市市民ミュージアムがあり、ほかにも高知県立美術館などを挙げることができ、決して当センターのみの事例ではないのだが、継続性という点にこのオリジナル映像作品のシリーズとしての第一の意義を見出すことができるかもしれない。
4 映像事業を推進した“複合”という思想
愛知芸術文化センターの映像事業が、35mmを含めた上映活動や、自主的な映像作品の継続的な制作といった、これまでの美術館における映像分野の活動からより踏み込んだ側面があるとすれば、それはこのセンターを設計する時点で既にあった“複合”という思想が背景にあるのであり、またこれを具現化するために独立したセクションとして文化情報センターを設立した点が大きい。これまでにも上映会の開催など映像芸術に積極的に取り組んできた美術館は少なくないが、美術館のメインの事業である展覧会の開催に比べれば、やはりサブ的な位置づけになることはやむを得ないし、また、学芸員の担当部門の異動などによって、その活動に波が生じてしまうことは過去の実例としてあった。その点で、文化情報センターの中に、映像担当の学芸員のポストが(1人ではあるが)設けられていることは、映像事業の継続的な展開という点で大きな意義があったといえよう。
その上で、今後の課題とすべき点も少なくない。文化情報センターでは、自主的な映像作品制作と平行する形で、ビデオ・アートを主とした作品購入も行っており、ナム・ジュン・パイクやビル・ヴィオラなど芸術としての実験的な映像表現を理解する上で基礎となる重要作品を中心に、ベルナール・エベールの『ラララ・ヒューマン・セックス・デュオ No.1』(1987年)や『ベラスケスの小さな美術館』(1994年)、エディン・ヴェレツの『ダンス・オブ・ダークネス』(1989年)など、ダンスなど他の芸術表現とも関わりが深く、芸術における“複合性”や“身体性”の問題を考察する上で有益で、映像としての完成度の高い作品の他、飯村隆彦の環境映像作品等マルチ・ビジョンでも上映可能な作品などを、開館以来(わずかずつではあるが)継続的にコレクションしてきた。これらの映像作品は、現在、館内では温度・湿度が一定に保たれている場所として、アートライブラリー内の貴重書庫に保管されているが、ビデオテープやフィルムなどの映像記録媒体専用の保存スペースではないため、将来的には専用の保存施設を設けるなどの措置が必要といえる(ビデオテープの場合、デジタル化など、ハードウェアの進展なども考慮すべきであろう)。
この直面している作品保存の問題は、ある意味で文化情報センターの映像事業が“複合性”という基盤の上に成り立っていることの裏返しでもあり、映像を独立した分野として位置づけ、その上で専門性を追求するには十分な体制となってはいない、という側面の表われともいえる。開館7年目となる現在、複合文化施設という環境を背景に、ある意味でユニークな事業を展開することのできた当センターの映像事業は、同時にまた専門領域におけるより一層の深化の必要にも迫られているといえるだろう。
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