2001無礼講Vol.9『移動する"此処"』

レクチャー採録掲載にあたって
中沢 あき(映像作家)

 一昨年の暮れ 、雑誌SWITCHにて岡崎京子の特集が組まれた。その中の1ページにあった岡崎の言葉が、私を引き留めた。
「私はとても疲れている。苦しむには早過ぎる、と人は言う。何という秩序。存在するということの他に私には何も起こり得ない。賛成だ。異常な倦怠」
思春期にありがちなモラトリアム、と、むしろ思春期の頃の私は彼女の漫画を否定して読まなかった。当時ガーリームーブメントを牽引していた雑誌に掲載されていた彼女の漫画を読むことは、単なる傷のなめ合いのような気がして嫌だった。しかしそれから十年経った今、私は静かにその言葉を受け止める。なぜだか今の方が共感できた。思春期、とは片づけられない冷静な眼差しが実はそこにあったから。それから2年経った今も、私はその冷静さが何なのかを考え続ける、私自身の問題として。単なる思春期だとかの問題ではなく、それは現代のこの状況を、直中から冷静に見渡して描いていくその視線の据え方に共感したのかもしれない。

 ここ最近 、世情を見、また身近な人々と話をし、そして思うのは、おそらく私たちはこのまま破綻していき、底まで落ちていくだろうということだ。もちろんそれを避ける為の理想が語られているのは知っている。しかしいつのときもその理想は形になることはなかった。結局そうした理想とは本質的には無力なのではないか、とさえ思う。

 「惨劇が起こる。 しかし、それはよくあること。よく起こりえること。チューリップの花びらが散るように。むしろ、穏やかに起こる。ごらん、窓の外を。全てのことが起こりうるのを。(リバーズ・エッジ)」

 決して これはモラトリアムではない。事実を見据えた静かな考察だ。終わりは突然過激にやってくるわけではない。そのようなドラマであれば、なんと分かり易いことだろうし、やってくる姿が見えるのであれば、理想を実現するように回避することもおそらく可能なのだ。しかしながらそれは姿を見せぬまま、じわじわと忍び寄ってくる。ゆっくりと私たちの中に浸透し、気がつけば手の打ちようのないままに終わりを迎えていくのだろう。そのとき私は、誰へともない呪いを吐かないようになっていたい。もしこの終わりに際して巻き込まれて破滅するようなことになっても、それは仕方がないことだと思う。私自身も何も出来なかったのだから。

 「こんなことを 今あなたに云ったのは あなたが堕ちないためにでなく 堕ちるために又泳ぎ切るためにです。 誰でもみんな見るのですし また いちばん強い人たちは願ひによって堕ち 次いで人人と一緒に飛騰しますから。(宮沢賢治詩稿)」

 ただし 望みを言うならば、まだこの時点では消えたくない。モラトリアムを否定するもう1つの理由が、ここにある。この終わりの後、更にその先再び新たな始まりが在るはずだという希望だ。奈落の底まで堕ちきったとき、その全てが破綻して真っ新になったそこから再び立ち上がるもの、それを私はぜひ見たい。それまで残れるかどうか、いずれにしても世界の事を考える以前に、私は手の届く範囲から語り、動いていかなくてはならない。大きな理想論より目の前の現実。グローバリゼーションなどどいう言葉が叫ばれる中でそれは逆行した姿勢のようでもあるけれど、国家でもなく社会でもなく、自分の目線、価値観で見て動いていくこと、それが今確実に可能な事であり、すべきことであると思っている。主体は周りではなく、内から作っていかなければ。

 そう 、カタログにも書いたが、この混沌とした状況に私は楽観も絶望もしない。その中で自分はどうやって歩いていこうか、そのことを考えるのみ。再度言うが、モラトリアムでもなく、自己中心的な考えでやっているつもりもない。ただそれが自分には精一杯であり、そして一番正直な方法だと思うのだ。

 今回の上映会 では、4つの個人映像作品を借りてその歩き方について語ってみたいと思った。現段階で、ここまでが私の中で形となった考察である。 尚、途中文章として読みづらい部分があることをお許し頂きたい。きちんとした文章にまとめあげることも考えたが、それではレクチャーの意味がなくなってしまうと思い、自分の喋りのつたなさにも腹をくくった。また上映作品の解説も加えているが、これについても後日どこかでの公開を期待していただければありがたいと思う。

このテーマもまた形を変えて続いていくものと予想している。だって常に「移動する"此処"」なのだから。


2002年4月
中沢あき

引用文献
「エンド・オブ・ザ・ワールド/岡崎京子/祥伝社」
「リバーズ・エッジ/岡崎京子/宝島社」
「宮沢賢治・存在の祭りの中へ/見田宗介/岩波書店」


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